『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』・・・作り手の真摯さは?
高校野球の女子マネージャーがドラッカーの経営学に野球部を当てはめての革新を実践し、その目標を甲子園出場におくというなんとも斬新なアイデア。小説としての文体云々ではなく、そんなアイデアこそがこの本の魅力だったのだ。
さて、映画はどうか。
入院中の親友の代理として野球部マネージャーを引き受けた川島みなみの奮闘振りをAKB48の前田敦子が好演。原作版みなみのモデルでもある同じくAKBの峯岸みなみも後輩マネージャーの文乃をこれまた好演。野球部員たちも個性あるキャラをイケメン俳優陣がなかなか巧く演じていた。とはいえ正直初見の面々ばかりだったのだが、ショートの祐之助役の彼だけは見覚えが。とうとう最後まで思い出せず帰宅して調べて納得。『告白』の修哉か。
松たか子の「なーんてね」発言に心配していたが、その後ちゃんと更生して高校球児となったんだね(違)
とにかくまあ、俳優陣には不満なし。中でも前田の演技の質の高さには驚いている。『桜の木になろう』のPVでは気付けなかった。彼女、ただのアイドルと思っていると後々後悔するかもしれない。当分先なのだろうがAKB卒業後が楽しみである。
しかしながら作品そのものはどうも雑な印象。そもそも弱小野球部が甲子園を目指す話なんぞゴマンとある。その中でも本作は野球とドラッカーの組み合わせというアイデアと、それを青春スポーツドラマとして違和感なくシミュレーションしてみせた原作の映画化という点で、本来ならもっと際立つ作品となり得たはずなのに残念ながらあまりパッとしない作品となってしまった。
それでも導入から前半にかけては良かったと思う。
かつて野球少女だったみなみが心に負ったままの傷や当時の彼女が試合で放ったサヨナラヒットなど、終盤への伏線となるエピソードが巧みに配される。それらのカギを握る存在となる入院中の親友夕紀の描き方もいい。
しかしこうした伏線の回収が絵的に、また演出においてとにかく雑なのである。エラー続きの祐之助が病床の夕紀に聞かされたヒーロー像は地区大会決勝戦での彼の打席で活かされるのだが、ここはクライマックスとしてもっともっと練りこんだ演出がほしかった。カット割りやカメラワーク、また時間の表現など、工夫のしようはいくらでもあるだろうに。
もうひとつ。“イノベーション”効果で生まれた応援スタイルの中で原作を読んでいて私がもっとも興奮したのは、代走専門となった文明がリードを取るときの観客の歩数コール。いつも大股でゆっくりと7歩のリードを取る文明に気付いた観客の間で広まったこのコールは確実に相手投手の動揺を誘う。地区大会決勝では文明は観客の「なーな!」のあとにさらに8歩目を踏み出す。
指示を出したのは野球に対する姿勢がみなみや文乃のおかげでガラッとかわった監督の加地であることも見逃せない。イノベーションにより「ノーボール作戦」を提唱した加地が、相手チームの敬遠策に静かにしかし鋭く噛み付く熱い場面でもある。
で、あり得ない大きなリードに対しここで「はーち!?」とともに起こる観客のどよめきや拍手喝采の様を映画版でどう見せるか楽しみにしていたのだが・・・・・これ全然足りてないでしょ~! 原作読んでないと見過ごしちゃうんじゃないだろうか。
祐之助のサヨナラヒットと文明の8歩のリード。これは本作中(少なくとも野球シーンにおいて)最高の見せ場のはずだ。それなのにただ原作をなぞるだけでは映画として盛り上がるわけがない。
特に祐之助の初球空振りと、その時ベンチでみなみと次郎が交わす会話の意味。やたらフラッシュバックに頼るのも考え物ではあるが、本作のこの場面はみなみと次郎の少年野球シーンと、病室でのみなみと夕紀のシーンをちらっと重ねるべきだったと思う。それと・・・走る祐之助の最初の叫びはちと陳腐かと(汗)
欲を言えばラストも気に入らない。
原作は甲子園球場で開会式に臨もうとする程高野球部がテレビのインタビューを受ける場面で終わる。ここでキャプテンの二階正義がインタビュアーに切り返す言葉が最高にカッコイイのだが、映画版では惜しいことにここが省かれてしまった。
試行錯誤を繰り返しながらドラッカーの『マネジメント』を野球に当てはめ実践してきた彼らならではのラストシーン。キャプテンの言葉は甲子園で巻き起こるであろう程高イノベーションへの予感に満ち溢れているのに・・・。
原作の岩崎氏自身も脚本に参加していながらなぜ省いてしまったのか、残念でならない。
要するに、明らかに作り急ぎである。企画段階での余計な吟味はそこそこにして、本が売れてるうちにイケメン集めて主役はAKBでちゃっちゃと作ってしまおう。
・・・そんな匂いがプンプンする。
細かいとこまで指摘させてもらうなら、例えば背番号のフォントもおかしいでしょ、あれ。
真冬の撮影の苦労話をメイキング番組で紹介していたが、夏の甲子園を目指す話ならやはりクライマックスは夏に撮影してほしかった。セミの鳴き声を後で付け足せばいいのか。それは違うと思うけどな。
ギラつく陽射し、飛び散る汗、木々や芝の鮮やかな緑、抜けるような青空、沸きあがる入道雲、揺らぐ陽炎、突然の夕立・・・。
そういう要素がそろってこそ夏の高校野球は感動を呼ぶのだと私は思う。
みなみたちは『マネジメント』にしたがって野球部を“顧客に感動を与える組織”と定義付けた。顧客を“高校野球にかかわるすべての人”と定義付けた。同時にみなみはマネージャーの資質として必要なのは“才能ではなく真摯さである”ことも学んでいる。
これを“映画”に当てはめてみたらどうだろう。
顧客である我々観客を感動させるための真摯さが作り手にどれだけあっただろうか。いくら秋元康が総合プロデュースとして一枚噛んでるからといって、まさか顧客定義を“AKB”ファンと“イケメン”ファンに絞ったわけでもあるまい。それでは私のような一般映画ファンの存在が悲し過ぎるではないか。
斬新にして画期的なアイデアで書かれたこの作品を、もう少し時間をかけて丁寧に作りこんでほしかったと切に思う。みなみの意識下でドラッカーが登場するなど、原作にはないおもしろい一面もあるだけに本当に惜しい。
この記事へのコメント
みなみのサヨナラヒットがまさか最後の“伏線”に繋がってくるとは思ってもおらず。
観ていて、かなり感動してしまいました。
残念なのは、“夏”らしい描写が少ないこと・・・
いくら汗を付け足したとしても、どうも暑いような感じが伝わってきませんでした。
本物の汗を見たかったように思います。
スポーツ青春映画として十分及第点の出来だと思います。でも、せっかくドラッカーを引き合いに出しての物語なのだから、他の同類映画とは一味違う面白さを見せてほしかったなと。
夏らしさ、ホント伝わってこなかったですね。積もった雪を片付けながらの撮影だったとのことなので、その寒さが感じられなかったのはすごいんですが・・・。
ドラッガーのマネジメントよりも青春映画に仕上がっていましたね。
単純に野球を中心にすれば、それはそれで面白かったと思いますが、どのようにして野球部をマネジメントしていくのかも大きく描いてほしかったです、
>どのようにして野球部をマネジメントしていくのか
そう、そこなんですよね。原作のほうがそのあたりを丁寧に描いていたと思います。小説としてはイマイチなんですが、例えばマネジメントの研修のような場でサンプルとして使う分にはかなりおもしろいはず。
要はそれをどうエンタメ映画として見せるかであって、作り手にはそこをもうちょっとがんばってほしかったと思います。
ただの青春映画にしてしまうと正直目新しさは皆無ですから(汗)
発想はすごくおもしろいと思ったんですよね
原作は未読です
その発想のよさ、特異感をもっと映像でみれたらよかったなと思います
理論的ではありますが、練習はふつう~~の練習の少し緩めなものにみえたんですよね
最近は原作アリが多くてむしろオリジナルが少ないので、
いつも思うのですが、映像化した意義、映像でしか表現できないモノはほしいけど原作の良さを消してまで改変するのはどうか…
原作と映像化の間には少なからずそういう軋轢はうまれますね
わたしは発想の良さにひっぱられてなかなか好印象でございました
TOP変わりましたね^^
写真も楽しみです
原作とその映画化、何かと議論になりますよね。文字で表現した物をそのまま映像にできない場合もあるでしょうし、ミステリー系の人物入れ替わりケースなど映像で見たら一発でわかってしまうトリックもあるしね。
ただ、原作者の思いは汲んでほしいと常々思ってます。『模倣犯』なんてサイアクでした。
で、もしドラ。発想はいいしプロットとしては非常に面白いと思います。せっかくの題材、もう少し考えて撮って欲しかったな~。
トップの写真、どちらも最近の撮影ではないですがそれぞれ1月と2月の作品です。夕焼けのほうは一緒に撮りに行った写真仲間の後ろ姿をこっそり頂いちゃった一枚です(笑)