『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』・・・ブランコの向こうに

賢いがちょっと変わった行動を取ることのある少年オスカー。9.11のテロ事件で大好きだった父を亡くした彼に残る心の傷だ。最愛の父を失った悲しみを乗り越えられないでいた少年はある日、父のクローゼットで封筒に入った鍵を見つける。かつて父と遊んだ調査探検ゲームの思い出が、少年を鍵穴探しの旅に駆り立てる。

封筒にメモ書きされた「black」の文字をゲームのための父親のヒントだと思い込んだ彼は、NYの電話帳から472人の“ブラックさん”をピックアップし、一人一人訪ね歩く作戦に出る。この無謀ともいえる少年の調査探検だが、強力な助っ人も現れ、またそれぞれのブラックさんと触れ合う中で少しずつ成長していく少年。

探検の合間に挿入される父との思い出の日々がまた実にいい。トム・ハンクス演じる父親の明るい人柄や、アスペルガーの疑いのある我が子に対する優しく温かな教育方針がじんわりと伝わってくるのだ。探検に行き詰ったとき、回想の中の父親がそっと少年を後押しするかのような見せ方が巧いと思った。
こんなに明るく穏やかな家庭を一瞬にして奪ったあのテロ事件。気付けばもう10年以上の月日が流れたわけだが、映画の題材としてどうなのだろう。もちろんテロそのものを扱った作品ではないけれど、未だにアメリカでは正当な評価を受けにくいのではないかな・・・などと余計なことも考えてしまった。

鍵穴を探す少年の調査探検は、意外な結末とともにあっけなく終わる。鍵を手に鍵穴を探していた少年と同じように、鍵穴に合う鍵を探していた人物がいたのだ。たどり着いた鍵穴は残念ながら少年のために父親が用意した物ではなかったが、その代わりに少年は母親の深い愛を知ることになる。
サンドラ・ブロック演じる母親には、夫の死から前へ進めなくなっているネガティブな印象が終始付きまとっていたのだが、そんな印象がここで一変する。リュックを背負いタンバリンを手に毎日出掛けてゆく息子の行動とその意味を母親はちゃんと知っていて、こっそりサポートしていたのだ。
ブラックさんたちの共通の話題で盛り上がる母と子。ギクシャクしていたそれまでのわだかまりがすーっと解けていく様子に涙が溢れた。

父の死をしっかりと受け止めその悲しみを乗り越えた先には母親の大きな愛情があった。週末ごとにニューヨーク中を旅した少年の心を救う存在は、なんてことはない、ありえないほど近くにあったんだね。

東日本大震災以後、「絆」という言葉が頻繁に使われるようになった。人と人とがつながりあう温かい言葉ではあるが、軽々しく使ってはいけない重く深い言葉だと私は思う。本作でオスカー少年が悲しみを乗り越えようともがき悩み苦しんでいる時に母や祖父やたくさんのブラックさんが差し伸べた優しく力強い温もり、それが絆なのだ。

大きな感動があるわけでもない。見ていられないほどの悲しみも切なさもない。感じ方に個人差はあれ、観客を泣かせるためだけの演出が特にあるとは思えない。にもかかわらず止まらない涙。泣かされる映画ではなく、泣ける映画とでも言おうか。

ブランコの苦手だった少年がブランコを漕ぐ。
高く高く、大空の彼方に届かんとばかりに勢いをつけて、そして・・・。

珠玉のラストシーンである。


■9.11関連作品の過去記事
 『ユナイテッド93』 2006/08/18
 『ワールド・トレード・センター』の価値 2006/10/15


この記事へのコメント

2012年02月19日 20:02
鍵穴のことは呆気ない幕切れとなったものの、
そこに至るまでのオスカーの行動が大事だったんですよね。
それには母も大きく絡んでいたりと…
彼女自身も壁を乗り越えたような感じです。

たしかに泣かされる映画ではなく、
自然と泣ける映画だったと思います。

最後でブランコをこぐオスカーがとても印象的でした。
いつかはジャンプ出来るようになるんでしょうね。
2012年02月19日 20:20
「絆」は人と人を繋ぐ鎖ですからね。そしてその潤滑油が愛。
仰るとおり「絆」という言葉を軽々しく使うのは好ましくないと私も思います。
しっかりと愛を感じてこそ、強い繋がりを実感できる。
それこそが「絆」のはずですから。
2012年02月19日 20:50
仰るように、最近何かというと「絆」が使われ、本当の意味を知ってて使ってるか?と思っていたところで、
そう言って下さってすっきりしました。

オスカーの、命懸けと言ってもいいくらいの鍵穴探しの結果は、
最初の頃に登場したオバサンのブラックさんが言っていた「奇跡」だったのですね。
みんなお互いに繋がりあって、自分の思いが誰かの幸福の橋渡しをすることもある・・・
傷つき、苦しんでも、やはり多くの人との繋がりが未来へと繋がる、という祈りにも似たメッセージを感じました。
マックス・フォン・シドーの、年齢を重ねたからこそ出せる味わいと、それをとっても効果的に見せてくれた演出、
どの切り口で語り始めても、いくらでも語り合えそうな内容、
本当に佳い作品に出会えたと思います。
SOAR
2012年02月19日 21:31
BROOKさん、こんばんは♪
あくまでオスカー少年の目線で、もしくは彼を見守る目線で物語は進みますが、お母さんも同時に悲しみの壁を乗り越えたんですよね。
それがわかる母の告白シーンは泣けました。作り手の誘導で泣かされるのではなく、気付いたら涙がこぼれてた・・・。そんな作品でした。
彼のジャンプ、見てみたかったですね!
SOAR
2012年02月19日 21:31
にゃむばななさん、こんばんは♪
とてもいい言葉ですが、単なるつながりを何でもかんでも絆と呼ぶのはどうかと思ってます。本作でのオスカーくんのように、多くの人の愛情に支えられながら彼の前に立ちはだかっていた大きな壁を乗り越えたとき、彼を支えた人たちとの間に生まれたのが「絆」なんですよね。
SOAR
2012年02月19日 21:34
悠雅さん、こんばんは♪
「絆」、今の世の中、明らかに使いすぎです。もっと大切に使いたい言葉です。

切り口のひとつとして最初に訪ねたブラックさんの件がありますよね。彼が訪ねたときあの夫婦はある揉め事を起こしてました。家を出て行く夫の後ろ姿がやけに印象的で。そして巡りめぐってなんと・・・。
オスカーにとってスタートが言ってみればゴールだったわけですが、でもそれはけっして振り出しに戻ったというわけではなく、この一巡で彼が得た物の価値はとても素晴らしかったと思います。

マックス・フォン・シドーも重要人物。セリフがないのにあの存在感。悠雅さんがそちらで書かれていたシーンも最高でした。

(コメと同時に頂いたTBが別記事ですね~。本記事からそちらへの大切なリンクですから、あえて残しておきますね)
2012年02月21日 02:31
とても暖かく心に沁みてくるお話でした。
オスカーはこの経験で、家族や周りの人たちとの触れ合いを大切にして生きていけると思います。
ラストのブランコでの笑顔は本当に愛らしくて安心しましたね。
母親としては、号泣ポイントが多くて、ホント、泣けましたぁ~~。
SOAR
2012年02月26日 14:26
オリーブリーさん、こんにちは♪
沁みましたね~ほんとに・・・。
母と子それぞれが悲しみを乗り越えていく話であると同時に母と子の再生物語でもあり、ラストの二人の笑顔がとてもよかったですね。
“あの日”までにお父さんの愛情をたっぷりもらったオスカーは、これからはお母さんの愛情に包まれて育っていくんですね。
2012年03月17日 21:20
最後の方の母親との会話のシーンは
素晴らしかったですね。
SOAR
2012年03月17日 22:43
光太さん、こんばんは♪
まさに母と子の再生物語でもありましたよね。
失われかけていた家族の絆がしっかりと結ばれるラスト、よかったです。

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