『地球が静止する日』・・・地球を救うために犠牲になるのは

キアヌもジェニファーも大好きだし、壮大なSFも好みのジャンルなので自然と期待し過ぎたのかもしれない。ハズレとまでは言わないが、テーマの大きいわりに鑑賞後に残るものがあまりなく、個人的には残念ながらやや空振りな作品だった。

アクションやドンパチが控えめで比較的淡々と進んでいく展開は悪くない。しかしそのままのテンションで最後までというのはどうだろう。たしかにスタジアムやトレーラーが崩壊していく映像などはそれなりの恐怖を駆り立てられるが、肝心の“地球の静止”のインパクトがなんでこんなに弱いのか?惜しいなあ。

地球を救う方法が人類の滅亡だという点は面白いと思った。「地球を救う=人類を救う」という発想は、宇宙的観点から見れば単なる人間のエゴに他ならない。絶えない戦争や紛争、そして環境破壊。こうした地球を蝕む原因を作っている人類が滅びるか、もしくは変わらなければこの星は救えないという宇宙からの警告がこの作品の肝である。
この警告に対し「we can change!」と必死で叫ぶ人間たちだが、宇宙からの使者クラトゥ(キアヌ・リーブス)とともにやってきた巨大ロボットのゴートへの攻撃も継続してしまう。
突如出現した宇宙人と巨大ロボットに対する判断を迫られ、焦り苦慮する国防長官(キャシー・ベイツ)に同情の余地もなくはないが、この期に及んでなお武器を捨てられない愚かさをさらけ出してしまっているわけで、「変われる!」と言いながらやっぱり変われない我々人類・・・。

こうなるとクラトゥが下す地球への審判はもはやどう考えても「人類滅亡」のはずである。しかし最終的に彼は人間の「we can change!」を信じ宇宙ヘと帰って行く。彼をそうさせたのが地球外生物学者のヘレン(ジェニファー・コネリー)とその息子ジェイコブ(ジェイデン・スミス)であり、この二人の親子愛が人類を救ったことになるんだけど、おーいクラトゥ、あんたそれでいいのか?(笑)
彼の帯びていた使命はもっと重いものではないだろうかねえ。ある星に生きるひとつの生物をまるまる消してしまうという使命をひるがえす根拠として、“たった”二人が基準というのが正直引っ掛かった。サンプル少な過ぎ。結果生き残れたからいいけど、60億分の2で判断されてはねぇ・・・(^^ゞ
ただ、彼より以前から中国人を装って地球にいた仲間の話はクラトゥに影響を与えたはずで、「人間は破壊的な生物で変われない」としながらも「私は人間とともにここに残る」という老人の言葉がなければ、彼の親子を見る目も違ったものになったかもしれない。

ジェイコブがクラトゥを亡き父の墓へ連れて行くシーンが印象的だった。「できないこともあるんだ」と立ち尽くすクラトゥ、涙を流すジェイコブ、その彼を抱きしめるヘレン。作品自体が希薄な印象な中でこのシーンは別格だった。

人類ヘの警告という壮大なテーマが生かされてないのが致命的な作品だが、“球体”のCG表現など映像は観る価値あり。キアヌとジェニファーもよいのでファンならそれなりに楽しめると思う。あと忘れちゃいけないのが子役のジェイデン君。やっぱ彼はうまいね~!

・・・ところで、恥ずかしながら冒頭の1928年(だったか?)のシーンの意味が実はよくわからない私。あのキアヌは誰なんでしょう?

☆『地球が静止する日』公式サイトはこちらから

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