『ヤッターマン』・・・アニメ実写化の楽しさと難しさ

子供の頃、毎週楽しみにしていたアニメのひとつがヤッターマン。いつもワンパターンの展開なんだけど、それが子供心におもしろくてたまらなかったっけ。ヒーローも悪役も、当時定番のアニメや特撮物のようなかっちりした正義と悪ではなくどこかいい加減なところがあって、そんなキャラクターが大好きだったなあ。

さて、その懐かしいアニメの実写化である本作。まず目が行ったのは登場人物たちが身にまとうコスチューム。レザーや布、プラスチックなどで仕立てられたその質感に感動~。特にヤッターマン1号(櫻井翔)・2号(福田沙紀)のアイマスク(?)と、ドロンジョ(深田恭子)・ボヤッキー(生瀬勝久)・トンズラー(ケンドーコバヤシ)らドロンボー一味が装着するヘッドギア(?)の造形表現には参った。お見事!(造形といえばオモッチャマのメカニカルな感じもよい!)

内容もアニメ版を細かいところまで再現してくれていて、私のような古いファンにはうれしい限り。ドロンボーのインチキ商売、ガンちゃんアイちゃんの変身シーン、「やっておしまい!」「ポチッとな!」「おしおきだべぇ~」といった名ゼリフの数々、ビックリドッキリメカ、ドクロ雲、3人乗り自転車・・・・等々きちんと押さえられていて、雰囲気としてはなかなか満足のいく内容だった。

しかし一方で物足りなさも残る。アニメの設定を忠実に再現しようとしたことが裏目に出ているようにも思えてしまうのだ。
もともと一連のタイムボカンシリーズ人気の立役者は言うまでもなく悪役3人組、いわゆる“3悪”である。歴代女リーダーの熟女的お色気とヒステリックな物言いによる“S”な雰囲気こそがその個性の中心といっても過言ではなく、演じる小原乃梨子の甲高い声なくして3悪は語れないと私は思う。
で、深キョンのドロンジョ。熟女と呼ぶには少々若すぎるもののお色気度は完璧で、ビジュアル面では申し分ないのだが、いかんせん彼女の声質と発声がかわいらし過ぎた。皮肉にも生瀬とケンドーの役作りがドンピシャだったおかげで彼女一人が浮いてしまったように感じた。
ヤッターマン2人の決めゼリフ、「ヤッターマンがいる限り!」「この世に悪は栄えない!」も、どうにもテンションが低い。もちろん櫻井と福田の演技が悪いわけではない。実写ドラマでアニメ声優ばりのハイテンションな演技をしてしまってはかえって違和感の元だ。ただし観るほうがどうしてもアニメと比較してしまうのも事実。
原作アニメで声優の個性が強い作品であればあるほど、実写での再現に無理が生じるものなのだろう。そう考えると、いっそ来週公開の『DRAGONBALL EVOLUTION』(鑑賞予定ナシ)のように新解釈の下で大胆な作り直しをしてしまうのも手かもしれないが、そうも言い切れない。だって懐かしいアニメの世界観を可能な限り再現してくれた本作はやっぱりうれしいもんネ。ようするにこのあたりがSFアニメ作品実写化の難しさなのかもしれない。

クライマックスにおける阿部サダヲの怪演振りでようやく盛り上がりかけたものの、けっきょく鑑賞中モヤモヤとまとわり続けた物足りなさが払拭されるには至らなかった。非常に作りの丁寧な作品だし間違いなくおもしろい。CGの出来映えなど最近の邦画の中ではトップクラスだ。そしてなにより我々世代には“懐かしさ”というオマケ要素ももれなく付いてくる。
あとはもうひとつふたつ、心をつかむ何かがあればまた違った感想になったかも。けっして欲張りすぎではないと思うけどな~。

・・・あ、ボヤッキーの妄想シーン、あの世界が私の心を思いっきりつかんだことは言うまでもない。わはは。

 ★『ヤッターマン』公式サイト

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