『ディア・ドクター』・・・自分を偽る嘘と他人のための嘘

“その嘘は、罪ですか。”

山あいの小さな村。診療所の医師伊野(笑福亭鶴瓶)が村民たちに隠してきた重大な秘密。嘘。最初に提示した本作の宣伝文句の問いに答えるなら、これはれっきとした罪である。人の命を預かる医療の現場において、伊野の犯し続けた行為は断じて許されるものではない。
しかし無医村にやってきた彼の存在が住民たちにとってどれほど心強いものだったかを考えたとき、これを罪とし罰するには少々忍びない思いもあって然りである。(もちろん安易な感傷から許すべきではないのは百も承知だが)

この相反する捉え方は我々観客が感じる以前に、作り手にとっても作品の方向性を決める大きな要素だと思う。捜査のため村を訪れる二人の刑事(岩松了・松重豊)の視点を用いての断罪路線もありだし、あるいは裏切られたことに動揺する住民たちがそれでも伊野をかばおうとするお涙頂戴路線というパターンもあろう。

ところが西川美和監督はそのどちらへも傾けず、基本的にグレーなまま意外なオチへと持っていく。ふつう物語というのは善悪白黒ハッキリしたほうが気持ちいいものだが、そこはあいまいなままとし登場人物たちの心理描写や端的な会話によって観客側に判断を委ねつつ見せていく本作に不思議と違和感は感じなかった。

看護師大竹(余貴美子)、研修医相馬(瑛太)、薬品営業マン斎門(香川照之)、患者かづ子(八千草薫)。この4者の伊野との関わり方が絶妙。伊野の秘密を知っていた大竹、ある程度知っていた節のある斎門、そしてまったく知らなかった相馬とかづ子。演じる各俳優がその微妙なポジションをきちんと把握し、受ける鶴瓶もそれぞれに対し違った表情を巧みに演じわける。
また伊野失踪後の事情聴取で大竹、相馬、斎門、かづ子が刑事たちに話す内容においても監督の脚本の上手さが光る。特に相馬の言葉は非常に興味深く、伊野の秘密を知らないままに彼を慕い僻地医療に身をささげようとまで思った若者の複雑な心理状態の表現は、瑛太の演技のすばらしさもあって見事だった。

「もし伊野が戻ってきたら村人はどうするんだろうな・・・。案外袋叩きに遭うのは俺たちなんじゃないか?」

相馬の話を聞きながら刑事の一人がぽつりとこうつぶやく。このセリフもまた実に深い。もしかしたら村人たちは伊野の秘密のことなどとっくに気付いていたのではないか。相馬や村長(笹野高史)の態度には自分の保身が表れただけのことで、伊野への直接的な怒りなど彼らには微塵もなかったのではないか。村にとって伊野はどうしても必要な存在だったのではないか・・・。刑事のこの一言にそんなことまで考えてしまった。

胃を患うかづ子が都会で医師となった娘りつ子(井川遥)に心配をかけたくないという思いを汲み、偽の胃カメラ写真まで用意する伊野。毎晩癌に関する医学書を読みあさり、かづ子の家へと往診する彼の姿が切ない。帰省したりつ子が母に処方された薬に疑問を持ち伊野を訪ねるのだが、りつ子の詮索を何とかかわした伊野にもはや嘘をつき通すだけの精神力はなかった。

ラストは正直驚いたが、かづ子の笑顔がすべてを物語っているのではないだろうか。向かい合う伊野の表情ははっきりと見えない。しかしそこに浮かぶのは、かづ子の家のキッチンで不器用に大葉を刻み、食事を共にしながら野球中継に見入ったあの穏やかな笑顔だったに違いない。

原作と脚本を自分で手掛ける監督が好きだ云々を以前どこかに書いた記憶がある。西川監督もまたそんな一人だ。先日NHKのトップランナーに出演した折、“他人の脚本で撮ることは今後もないしそもそも自分には出来ないこと”といった趣旨の話をされていて、そのときの彼女の凛とした瞳がとても印象的だった。

さて、西川美和といえばやっぱり是枝裕和である(強引だけど・・・)。
私は是枝監督の原作・脚本も大好きで、昨年の『歩いても 歩いても』の余韻が未だ覚めずに残っているのだが、カンヌで好評を博した『空気人形』で、彼が自分以外の原作をどう脚本しどう見せてくれるのか、秋の公開が今から非常~に楽しみなのだ♪

 ★『ディア・ドクター』公式サイト

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