『阪急電車 片道15分の奇跡』・・・人生の機微に触れるとき

有川浩の原作がとにかく好きで好きでそれはもう大好きで、これまでに何度読み返したことか。
宮部にしろ伊坂にしろこれほど繰り返し読んだ本は他にない。それだけに原作での主要人物のうち一組のカップルが登場しないと知った時は愕然としたものだが、いざ観終えてみるとこのカップルが抜けたことで起こる矛盾をきちんとフォローしたうえで、原作の“味”を少しも損なわない脚本が素晴らしかった。好きな小説が映画化されると、とたんにトゲトゲした酷評に走る傾向にある私も本作については文句なし!

前述のカップルは考えてみればイレギュラーなキャラでもあるのだ。原作の往路冒頭で宝塚線から乗り換えてきた彼らは、他の登場人物たちに少しずつ影響を与えながら復路ラストで再び宝塚線に乗り換えていく。なるほど、今津線が舞台の本編には登場させず、その代わりにスピンオフドラマで主役を張らせるというスタイルも十分アリなのかもしれない。(このスピンオフドラマについては後述)

前置きは切り上げて映画のほうに話を戻そう。
ある電車の乗客たちがそれぞれの利用駅を乗り降りしながらすれ違う中で、時にさりげなく、時に大きくかかわりあう様子を描いていくスタイルは、単なるオムニバスや群像劇とは一味違う面白さに溢れていて観る者をまったく飽きさせない。また往路と復路で約半年の時間差があるのもいい。これによって登場人物たちの心境や彼らの置かれる状況ががらりと変わっていたりして興味が尽きないのだ。それらは回想という形でていねいに回収されていき、前半で彼女たちがこらえた涙、こぼした涙は確実に前向きな心持ちへとつながっていく。

結婚式場への“討ち入り”を果たした翔子(中谷美紀)と、彼氏のDVに苦しむミサ(戸田恵梨香)。二人が出会うのが孫娘(芦田愛菜)を連れた老婦人の時江(宮本信子)だ。若い二人が時江から言葉を掛けられるのが往路。時江の言葉に影響を受けた二人は、数ヶ月の間に人生の大きな転機を経て物語は復路に。今度は翔子とミサがそれぞれ別の人物に声を掛け話を聞くことになる。

いやあ、巧いなあ、この見せ方。
もちろん原作の内容をほぼ取り込んでいるわけだし大筋の流れは原作と変わらないのだが、この構成をより際立たせるような見せ方に徹しているのが好印象なのだ。登場人物のエピを順番にダラダラと見せるようなどこぞのつまらない作品とは大違い。脚本も監督も原作の言わんとするところを理解しているからこそなのだろう。これはファンとしてうれしい限りである。
復路で翔子とミサがどんな人物に出会い、そこにどんな“人生の機微”を見出すのか、どうか多くの人に劇場鑑賞にて確かめていただきたい。ミサの機転に助けられたイトーさん(南果歩)と翔子の行動に救われた少女(高須瑠香)の表情が一気に晴れる瞬間。これが劇的に素晴らしい。
宝塚駅から始まった物語は復路の小林駅で降りた二人の姿で静かに爽やかに終わる。登場人物が最後はそろって宝塚駅へ・・・なんていう安易かつ派手な結末ではないのがまたニクイ。

泣かせどころの多い作品でもあるのでナキムシさんはハンカチ必携。
私の涙腺を決壊させたのは小林駅ホームのベンチでの翔子と小学生の少女とのやりとり。いや泣けた泣けた。ひとつ隣の席の女性もここでハンカチ出してたな~。
傷付いたこの国の人たちが今求めているのは、人と人との温かいつながりではないだろうか。この映画にはそれがある。

おっと忘れちゃいけない。このメインストーリーとは少々違うテンションで進行する二つの恋模様もキュンキュンと可愛らしい。クリスマスの夜に彼の部屋やラブホの一室で繰り広げられる恋人たちのやりとりは、見ているこちらがこっ恥ずかしくなるほどに純真でいじらしくて、考えてみればこういう恋愛描写こそが有川浩の真骨頂なんだよねえ。


余談。
「SOARが触れないハズがない」と思われてるであろうシーンについて(笑)
ゴンちゃん(谷村美月)が車窓から見つけた5機編隊のヘリを軍オタの圭一(勝地涼)が解説するシーンである。
機種は圭一が言ったとおり陸自のUH-1Jで原作と同じなのだが、正直そのままの映像を持って来るとは思ってなかった(サイアク音だけであとは二人の目の動きで見せるだけかと・・・)ので、これは作り手のこだわりに拍手。
編隊がH型(UH-1H)混在ではなくちゃんとすべてJ型だったのにも驚いた。映画のために撮影した映像なのか観閲式あたりの映像流用なのかは不明だが、原作どおりのJ型5機の映像を使ったのはお見事。
また原作にないCH-47Jの3機編隊まで登場したことに至っては、自衛隊通の有川女史も大喜びだろう。


それにしてもえんじ色の阪急のなんと懐かしいこと!
こんなことを言うと、にゃむばななさん、悠雅さんはじめ関西ブロガー諸氏から「関東モンが何を言う」と突っ込まれそうだが、私その昔一年ほど阪急沿線に住んだことがあるのだ。大阪の同業他社への出向期間中、兵庫某所から宝塚線に揺られて毎日通勤したのである。
ちょうど本作のえっちゃん(有村架純)たちのような女子中高生たちのキャピキャピした関西弁が聞こえてくる車内に最初はかなり戸惑ったものの、女の子がしゃべるとその言い回しやイントネーションが実はとても可愛らしいことに気付いてからは、毎朝の電車でのひと時が楽しみになっちゃったよなあ。いやヘンな意味ではなくて・・・。

ま、それもかれこれもう10年以上前の話。
いつか機会があればまた乗りに行ってみたいなあ、阪急。出張とか旅行とかそういうんじゃなくて、なんてことのない日常のさりげない時間の中で、えんじ色のかわいい電車にもう一度揺られてみたい。
本作の登場人物たちが出会ったような素敵なドラマに出会えそうな気がするのはただの思い込みだとしても、温かい関西の言葉に包まれながらどこかホッとする外観の阪急電車に揺られる毎日を想像した時、翔子とミサが味わったような“人生の機微”に私も出会えそうな気がしてくるのだ。




☆原作にあって本作で登場しなかった一組のカップルの物語が、『征志とユキの物語』というスピンオフドラマになっている。原作では翔子や時江がこのカップル誕生の瞬間をそれぞれの想いで見守っている場面があり、本作終盤での時江VSおばちゃん軍団のシーンに登場するのも実はこちらのカップル。
エンドロールでちらりと映る川の中州の「生」の字は、このカップルのエピに欠かせない希望のアートでもある。
auケータイやCATVのJ:COM等、「LISMOドラマ!」を見られる方はぜひ!



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