『日輪の遺産』・・・軍は負けても国は負けない

8月になると各局がこぞって放映する太平洋戦争を題材としたテレビドラマが実は好きではない。大きなテーマは戦争の愚かさを訴えるものでありもちろんそれに異論はないが、開戦に踏み切った軍部を単純かつ一方的に悪者に仕立てた挙句、民間人や末端兵士の悲劇をこれでもかと見せ付けたり、あるいは上官に反発する平和主義の若き兵士をヒーローのごとく奉るような演出が鼻についてならないのだ。

こうしたお涙頂戴浪花節や軍隊の中にもこんな美談がありましたよ的な部分ばかりを強調するのではなく、戦争の愚かさを描きつつももう少しエンターテインメントを意識した内容で、それでいて悲劇も冷静に・・・いたずらに感情を煽り立てるのではなくあくまで冷静に捉えつつ、最後には救いや希望も見出せるような中味の濃い見応えある作品は無いものか・・・。

終戦の夏が巡るたびにそんな風に思っていた私がグイグイ引き込まれたのが本作『日輪の遺産』である。終戦直前の数日間に起こった小さくも大きなとある作戦とその後の顛末が、当時それにかかわった日米双方の生き残りによる証言ないし回想という形で語られていく。
老人たちが今を生きる若者に戦時の出来事を明かしていくスタイルは『ローレライ』や『真夏のオリオン』同様だが、本作では現代パートが単なる導入や締めだけの目的で挿入されるわけではない。そこにもきちんとしたドラマがあるのだ。

当初スルー予定だった本作だが、いやあ観に行ってよかった。こんな秀作を危うく見逃すところだった。
浅田次郎の原作未読。主要キャスト以外の事前情報ゼロでの鑑賞。


太平洋戦争を語る時、とかく諸悪の根源として描かれることの多い陸軍上層部。しかし本作では陸軍大臣以下数名の軍首脳が早くから敗戦を悟り、終戦後の祖国復興のためにある極秘任務を企てる。
この設定がまず痛快だ。ありがちな狂った上層部といった印象もないし一人一人の表情も非常に理知的。そんな彼らに召集される軍人たちのキャラも興味深い。情報参謀の少佐というエリートながら仲間からは“腰抜け”とあだ名される真柴。大蔵省上がりのキレ者、小泉中尉。そして彼らの護衛に当たる叩き上げ曹長の望月。
彼らの任務はフィリピンから奪取したマッカーサーの財宝を隠匿することで、そのために駆り出されてくるのが軍事工場で働く幼い少女たち20名と特高にマークされている引率の野口教諭。

つまり本作に登場する人々は、来たる敗戦を冷静に受け止め、平和を愛し、その後の経済復興、そして正しい民主主義を目指そうとする人々であり、そこには真の愛国心が満ちあふれているように思えた。
ただ、その思いが悲劇を生んでしまうのもこの時代の虚しさで、海軍大佐の娘だという病弱な少女が真柴と小泉のある話を偶然聞いてしまったことから、玉音放送を聞いた直後に最悪の結末を迎えてしまう。
きれいに並べられた19個の雑のう。壕の中へ消えた19名の少女たち。必死で後を追った小泉と野口・・・・・・銃声。


ところでマッカーサーの隠し財産であるこの財宝。本作中の最重要アイテムであり、これがあって成り立つストーリーなのだが、それにしては説明が少々足りないように思えた。そもそもこの胡散くさい代物にどうリアリティを与えるかも見せ所だろうに、山下将軍がフィリピンから云々というセリフだけでは胡散くさいまま。その発見や運搬などぶっちゃけ盗み出した経緯はもっと掘り下げて欲しかったな。まさか道端に置いてあったから拾って持ってきた、とか?(笑)


件の財宝は偽装のため“決号榴弾”と書かれた弾薬箱に納められ、「これは本土決戦用の対戦車榴弾である」と少女たちに説明がなされていた。私ちょうど本作鑑賞の数日前に総火演にて現用の対戦車榴弾等の実弾射撃を見学したばかり。

“目標5の台装甲車 弾種変更 対榴(タイリュウ)、班集中正面射・・・・撃て!”

会場に随時流れるこんな無線通信音声に出てくるこの“対榴”が対戦車榴弾のこと。日常生活でまず耳にすることのないこの“対戦車榴弾”なる言葉を、わずか数日の内に異なる場で2度も聞くこととなった夏の終わりだなあ。


あー閑話休題。

原作の反映なのか映画ならではのオリジナリティなのか、本作では印象に残るシーンや小物の数々がとても多かった。

寝言で母親を呼ぶ少女にそっと敬礼をする真柴。祠の前で石を積む野口と久枝。壕の前で久枝を抱きとめた望月。戦後マッカーサーの元に単身乗り込んだ小泉の弁才。

ヘッセ。モーム。赤鬼さん。三助。風呂掃除。金平糖。基準。干し大根。七生報国。幽窓無暦日・・・・。

中でも一人の少女が真柴の言葉を失わせた質問は特に印象深く涙を誘った。
“出て来いニミッツ、マッカーサー”などと高らかに歌うそんな少女が、敵国アメリカの女学生のことを思うのだ。日本が反撃に転じたら今度は向こうの少女たちが学校にも行けず辛い思いをするのではないかと心から憂うのである。
淡々と正論を述べる彼女と、それに一言も答えられなかった真柴。


この時代に生き否応なく戦争に巻き込まれながらも命を賭す覚悟で国の未来を思い、あるいは敵国との友好を願った人たちがいた。そしてそうした彼らの意思に対し敬意を持って接したアメリカ人もいた。


「国が負けるんじゃない。軍が負けるんだ」

任務拝命に躊躇する真柴の心を動かした陸軍重鎮のこの一言にこそ、当時の日本の底力がある。


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