『幸せの教室』・・・アメリカにおけるリストラと再就学

そもそも実力や結果が物を言うのがアメリカの社会だと思っていたのだが、卑劣な学歴至上主義があるところにはあるのだなとまずそのことに驚き、次いで思い立ったが吉日的に試験もなしに入れてしまう大学制度があることにもっと驚き・・・。

もっとも本作に登場するのは、大学は大学でもコミュニティ・カレッジ(CC)なる学校とのこと。アメリカには一般大学とは別に、学ぶ意志さえあれば誰でも受け入れてくれるこうした大学(短大)が数多くあるのだそうだ。私自身通ってきた道を悪く言いたくはないのだが、受験戦争を突破することが目的であるかのようなその狭き門を目指す日本の教育通念との決定的な違いを感じた。

とまあそんなギスギスした序盤の個人的感想はともかく、物語は良くも悪くもトム・ハンクスらしい主人公を中心にほんわかと展開していく。学歴を理由にリストラに遭ったラリーは再就職の口も見つからず、それならばとCCに入学する。選んだクラスはスピーチと経済学。スピーチクラスの教師メルセデスは家庭の問題もあって酒におぼれるやさぐれ教師。そんなラリーとメルセデスが互いに惹かれ合いながら同時に人としても成長し再生していく様子を、愉快な隣人や学生たちとの交流を交えて描くハートフル・コメディである。

いい話には違いないのだが正直かなりの物足りなさを感じた。
登場人物たち相互において、正にしろ負にしろ感情のぶつかり合いがひどく希薄なのだ。例えば、現実の世界では出会った男女が意気投合し一方の部屋を訪ねるや否や即座にベッドインなんてことはそうそうないし、あるいは出会った男同士がいきなり殴り合いのケンカに至った挙句友情を育むなんてシチュエーションもまずありえない。ただし、作り話の場合はその手のエピがうまい具合にストーリーを盛り上げるものである。要は適度なワル。いい人いい話であればあるほど、そうした要素の必然性は高いと思うのだが、本作に登場する面々は結果的に皆いい人過ぎるような気がするのだ。
要するにタリアにはもうちょっと小悪魔キャラになってほしかったし、隣人の黒人さんや経済学教師ミスターカトウにはもっと意地悪な一面も持ってほしかったなと。また、タリアの彼氏やスクーター仲間に警察沙汰などの事件があれば、王道ながら人間ドラマに深みが増したのではなかろうかと。

まあそれでもやっぱり悪人が登場しない作品というのは爽やかでもあるね。トム演じるラリーがクラスやサークルで出会う若い学生たちとどんどん仲良くなっていくくだりは見ていて気持ちがいい。スピーチのクラスメイトたちが個性を出しながらも徐々にきちんとしたスピーチができるようになっていったのもほほえましい・・・というかこれにはむしろ感心してしまった。みんなすごい。そういえば一名、スタートレックについて熱く語る学生がいたが、ミスターカトウといい本作にはあの傑作SFシリーズへの何かしらのオマージュがあるのだろうか?(笑)

最終試験でのラリーのスピーチは素晴らしかった。堅苦しさのない気さくな話しぶりで、なおかつ彼の前にスピーチを終えたクラスメイトたちの話をひとつひとつ巧みに絡める内容に、教室の雰囲気は一気に明るくなっていく。

取り立ててどこがどうよかった悪かったといった批評に足る作品ではないかもしれないが、観終わった後の心安らぐ感じは悪くない。トム・ハンクスはこういう“いい人”が実によく似合う俳優である。


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