『一命』・・・武士の誇りと男の尊厳

武士の誇りとは何か。命とは何か。
家族を愛する若き武士の切腹をめぐって繰り広げられる壮絶な人間ドラマに、我を忘れてのめり込んだ2時間だった。


武士にとって切腹とは潔いけじめの付け方であり、名誉ある最期にして誇り高き死に様である。当時においては神聖な行為だったはず。少なくとも今を生きる我々はそう認識している。
となればそれを逆手に取った“狂言切腹”など、やはり卑劣な“強請り”行為と言わざるを得ないだろう。だからこれを認めず断固とした態度を取ることは正義である。それは筋が通ると思う。
だが、役所広司演ずる井伊家家老が、求女の脇差がいわゆる竹光であることを知っていながら武士に二言なしとばかりに義を通せとする言い分はあまりにむごい。恥を承知で慈悲を乞う若い侍にである。ましてやわざと介錯を引き伸ばす行為はそれこそ切腹への冒とくだ。(介錯人の遅延行為を見かねた家老斎藤が取る行動をどう見るかで、本作の印象は微妙に変わってくるかもしれない)

それでも求女は覚悟を決め・・・・果てた。義を通した。
病弱の妻をいたわり、生まれたばかりの幼子を思い、そして養父でもあった義父を敬う優しき侍が、男の尊厳をかけて腹を切ったのである。切れるはずのない竹の脇差で・・・。


   死んだ猫、割れた卵、破れた障子、止まぬ雨、積もる雪・・・・・・


こうした一連のネガティブな描写が、幸せを掴み切れなった一家の悲しい末路を暗示するかのようで切ない。

半四郎の元で明るく睦まじく育った二人が結ばれ、子を授かったというのに。
辛く苦しい生活の中にあっても、優しい言葉や笑顔が溢れているというのに。
ひとつの饅頭を二人で食べることの喜びを、父も子も知っているというのに。

それなのに、この家族には幸福に暮らすことがどうしても許されない。なんという不条理、なんという切なさ・・・。


事の顛末を知った半四郎が伊井家中庭で家老と対峙するシーンは圧巻。善悪はともかく男と男の魂がそれぞれ静動交互にぶつかり合う様は総毛立つほどの迫力があった。続いて伊井の家来たちに囲まれた半四郎がついに刀を抜くシーンで絶句。

ああ、そう来たか。そういうことか。半四郎は“それ”を持ってきたのか。


『十三人の刺客』でもド派手なアクションを見せてくれた三池監督だが、あの時とは一味も二味も違う殺陣をたっぷりと堪能させてもらった。
容赦なく斬りかかって来る多勢に対し、半四郎は、ただの一人も斬らない(物理的に斬れない)のである。怪我はさせてもけっして殺さない。
娘夫婦と孫を一度に失った男は、命の尊さを誰よりも知ることとなったこの男は、他人の命を奪わない覚悟で伊井邸に乗り込んだのだ。自らの命を賭して・・・。

海老蔵のキレのある剣さばきがすごい。中庭から廊下に駆け上がり伊井家の大きな紋の前でくわっとポーズを取るシーンなどまるで歌舞伎の見得切りのよう。
昨年のあの一件のせいもあってあまり好きな役者ではないのだが、本作での彼には悔しいけれど終始魅せられっぱなしだった。


結局のところ救いのない悲劇。何事もなかったかのように片付けられた伊井家で、広間に飾られた紅い鎧をほれぼれと眺める殿様に対し家老の斎藤が清々と口にする“誇り”の一言が虚しく重い。

これぞ傑作。



この記事へのコメント

2011年10月16日 12:37
たしかに2時間たっぷりのめり込める作品になっていましたよね。
かなり惹き込まれました。
これも市川海老蔵の演技の為せる業かもしれません。

最後に半四郎が“それ”を持ってきたのは、
そうきたか・・・と鳥肌が立ちました。
そこまでは考えもつかず。でも“最高”の演出だったと思います。
2011年10月16日 20:38
映画を見ていないのにコメントすみません(^^;

せりふ回しなど(などの中身は突っ込まないでください・笑)に違和感を感じつつも彼にしかないものがあるし・・と、彼にはちょっと期待していた歌舞伎ファンですが、昨年の騒動以来海老蔵にはがっかりで・・・。
でも、映画での演技が「歌舞伎」していないか心配していましたが、ちょっと安心したような・・・(笑)
この映画自体も良さそうですね。
ちょっと興味がわいてきました。
2011年10月16日 21:23
私生活がどうあれ、役者として素晴らしい演技を見せてくれたら嬉しいと思える役者である市川海老蔵が主演ということで、とても楽しみにしていました。
期待通り、海老蔵の魅力が炸裂したものだったことに大満足である一方、現代にも通じるテーマだったことにびっくり。
原作も62年の『切腹』も、存在さえ知らなかったけど、
『切腹』の半四郎は当時29歳の仲代達矢だったとか。
若くても眼力と美しさ、演技力を備えた役者が演じるに相応しいのが、半四郎なのでしょうね。

とても心優しく、お互いを思いあい、愚痴ひとつ言わない善人であった一家の命が愛おしくてなりません。
2011年10月17日 16:48
半四郎や求女が経験した苦痛。これは現代もまだ続いていますよね。
大企業社員や公務員にはこういう井伊家家臣のような人間がたくさんいますもん。
関ヶ原が時代の節目になったのは周知の事実ですが、人間の義に対する考え方の節目にもなってしまったんですね。
何という悲しきことか…。
SOAR
2011年10月23日 14:18
BROOKさん、こんにちは♪
大小の竹光に関しては質屋のくだり、求女の態度がある意味伏線となっていますよね。
竹光を持って仇討ちに臨んだ半四郎の姿勢こそ、義を通すという信念の表れだったのかもしれません。
SOAR
2011年10月23日 14:19
みゆみゆさん、こんにちは♪
役者としての才能があれば復帰できるという芸能界、我々サラリーマンにはうらやましい限りです。実力がありそれなりの地位にいる人ほど、ああした私生活の乱れで人生終わりですから。
と、愚痴はさておき、良くも悪くも歌舞伎してますよ彼。ただ、それが三池監督の求めるスタイルにうまくはまったのでしょうね。
SOAR
2011年10月23日 14:19
悠雅さん、こんにちは♪
仲代達矢も眼力で演技する方ですから、三池監督の海老蔵抜擢はうなずけますね。
仲代版は同じく未見ですが、きっと今回の海老蔵の演技はこれに引けを取らない名演だったと確信しています。

「切腹したいと訪ねてきたから場を貸した。何が悪い」
それがまかり通ってしまう“義”とはなんなんでしょうかね。
優しい一家のあまりにもむごい散りざま、心が痛みます。
SOAR
2011年10月23日 14:19
にゃむばななさん、こんにちは♪
地域で勤め先で、こうした上から目線に泣かされることって確かにありますよね。それがルールだからの一言で、こちらの言い分は聞き入れられずみたいな。
義を通すって、本来そういうことではなかったはずなのに、さかのぼれば平和と引き換えにおかしくなってしまったのが皮肉です。
Maria
2011年10月28日 21:10
お久し振りです
最近状況が映画鑑賞を許さず
映画館に足を運ぶことが無くなってしまいましたが
〈切腹〉を鑑賞して 大変感動しましたので
この作品を鑑賞された SOARさんの記事が目にとまりました
いつもながら洗練された文章でいらして
〈切腹〉のイメージが壊されずに済んだのかもしれない…と
少しばかり安心しました
求女の切腹シーンがあまりに強烈で…もう一度観る勇気はありませんが
少しでも海老蔵主演作品が質の良い作品であった事が救いです
SOAR
2011年10月30日 14:24
Mariaさん、こちらこそお久しぶりです。
求女の切腹シーンの強烈さは三池監督ならではの演出だと思っていたのですが、なるほど『切腹』においてもすごいのですね。

双方見比べて思いを巡らすのもまた、映画好きとしての楽しみ方かもしれませんね。

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